FC市川GUNNERS代表
2014年、アーセナルの名を冠したスクールとして千葉県市川市に開校。2019年にFC市川GUNNERSへ。「日本一高い月謝」と言われても、選ぶ親がいる。その理由を、クラブの中身でつくり続けている。
クラブをつくり、リーグをつくり、日本サッカーの当たり前を変えようとしている人の話です。
問いと、答え
MANIFESTO
トーナメントで、一度負けたら終わり。 うまい子だけが、ピッチに立つ。 ベンチであの子は、何を学ぶんだろう。 日本のサッカーは、強くなった。 それでも、世界にはまだ届かない。 なぜ届かないのか。 その答えを、僕は42カ国で見てきた。
答えは、才能じゃない。仕組みだった。 毎週、リーグ戦がある。 勝っても負けても、来週がある。 だから、思い切って挑戦できる。 そして、全員がピッチに立つ。 試合に出ることが、いちばんの成長機会だから。 だから僕は、クラブをつくった。 リーグをつくった。 日本に、リーグ戦の文化を根づかせる。
積み上げてきたもの
2026
7歳で始め、いまも現役。50年、ボールを蹴り続けている。
通算2,500試合以上。語る言葉は、すべてピッチの上から。
世界42カ国の育成機関とスタジアムを、自分の足で見て回った。
36都道府県に広がる、日本最大の私設リーグ。
年間を通してリーグ戦を戦う、小学5年生の数。
「トーナメントはいらない」から始めて、11年目。
2014年、アーセナルの名を冠したスクールとして千葉県市川市に開校。2019年にFC市川GUNNERSへ。「日本一高い月謝」と言われても、選ぶ親がいる。その理由を、クラブの中身でつくり続けている。
小学5年生年代の全国リーグ。2015年に発足し、いまや36都道府県・537チーム・約1万人が年間を通して戦う、日本最大の私設リーグに。15分×3ピリオド制で、全員が最低1ピリオド出場する。試合に出ることが、いちばんの成長機会だから。
2020年、市川SCのGMに就任。育成年代からトップチームまでを一本の線でつなぐ。「地域にクラブがある」という当たり前を、市川という街から実装していく。
クラブの立ち上げ、育成の設計、リーグの運営、組織のつくり方。42カ国で見てきたものと、日本で実際につくってきたものの両方から話します。自治体・協会・企業・学校での講演も。
KENICHI KOHNO1961 — TOKYO
幸野 健一こうの けんいち
1961年、東京都新宿区生まれ。7歳でサッカーを始め、17歳でイングランドへ渡り、プレミアリーグのチーム下部組織でプレー。中央大学卒業後は広告代理店の経営に携わりながら、世界42カ国の育成機関とスタジアムを訪ね歩いた。
2014年にアーセナル サッカースクール市川(現・FC市川GUNNERS)を開校。2015年にはプレミアリーグU-11を発足させ、日本にリーグ戦文化を根づかせることをライフワークとしている。2020年より市川SCのゼネラルマネージャー。現役プレーヤーとしても50年、通算2,500試合以上をプレーし、いまもピッチに立ち続けている。
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日本のサッカーの当たり前を変える話であれば、どこへでも行きます。